ゾゾッ…見張られてる?


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我が家のおばあちゃんは、ずっと飲食店で接客をやっていた人。

 

だから例えば、誰かが重そうな荷物を持っていたら「私が持ちましょう」と手を差し伸べたり
誰かが靴を脱いで部屋に上がったら、頼まれなくても他人の靴までそろえたりする。

 

…という人なのですが、今もその癖が抜けないようで、自宅でも
「それ、持つわ」
「私がやるわ」
としょっちゅう言っている人です。

 

ああでもどうか、「いいお姑さん」と言わないでくださいね。

 

自宅でいつもそんなふうにされていると、どんな気分になると思いますか。

 

そう、いつも「見張られている」気分になるのです。

 

◆例えば、見張られている気分になるのは

 

例えば…基本、台所のことは私がやっていますが、お姑さんがやってきて
「お皿、洗いましょうか」
と言われると、食器がシンクに溜まっていたことをずっと見られていたような気がします。

 

外出先から帰った時、わざわざお姑さんが玄関から出てきて「荷物持ちましょう」と言われたら、いつ帰ってくるのかとずっと待たれていたのかなと思います。

 

出掛ける時に、玄関に私の靴が揃えて置いてあったら、気が利いてありがとうというより、家の仲間で接客係について回られているような気分になります。

 

◆我慢しないで断ってもいいと思う

 

同居初めの時、私は、おばあちゃんの過度な気遣いと親切を、我慢して受け取っていました。

 

でも、ありがたくないことを「ありがとう」というのはストレスの溜まるもの。

ある時から、「お皿は、洗わなくて結構です」「荷物は自分で持ちます」と言うようになりました。

 

うっとおしくてイライラするくらいなら、ハッキリと断っていいと思うのです。

 

だって、同居は普通、数年、場合によっては何十年と続くのです。ストレスを溜め込んで、若いこっちが病気になったりしたら、本当にバカバカしいというか、悔しいではないですか。

 

◆だが…全く通じていないおばあちゃん

 

ハッキリ断るようにした私。それでおばあちゃんが傷つくかとも思ったのですが、案外心配無用でした。

 

だって、おばあちゃん、全然懲りてないのです。

 

長年の習慣のことだから、やめて欲しいと言われてもなかなか出来ないのでしょう。

それに、「自分も何か役に立ちたい」という気持ちに抗えないのでしょう。

 

だから、多少はやっぱり諦め、受け入れるしかないのです。

 

まあそれでも、いつかは終わりの来る同居生活。
いつの日か、そんなおせっかいおばあちゃんのことを懐かしく思い出す日も来るだろうと思っています。

 

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